日時 2月8日 11時から
場所 小田垣宅
礼拝
祈り
讃美歌 番
聖書から ( コリントの信徒への手紙T 1:18−25)
十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です。それはこう書いてあるからです。
「わたしは知恵ある者の知恵を滅ぼし、賢い者の賢さを意味のないものにする。」
知恵のある人はどこにいる。神は世の知恵を愚かなものにされたではないか。世は自分の知恵で神を知ることはできませんでした。それは神の知恵にかなっています。そこで神は、宣教という愚かな手段によって信じる者を救おうと、お考えになったのです。ユダヤ人は印を求め、ギリシャ人は知恵を探しますが、わたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝えています。すなわち、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものですが、ユダヤ人であろうがギリシャ人であろうが、召された者には、神の力、神の知恵であるキリストを宣べ伝えているのです。神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからです。
説教 「二つの知恵」
祈り
讃美歌