老 い に つ い て
           (円 空 仏)

                 小田垣雅也


 七十六、七才くらいの女の人が、スケートでフィギュアをするのだそうで、わたしは「どういう結果になるか」と思い、そのテレビを消さないで見ていた。これはフザケ番組ではない。そしてそれは惨憺たるものであった。第一、足もよくあがらない女性が、どうやって足をあげると言うのか。それに、足そのものが美しくはない。だいたい回転もろくにできないその人が、どうやって回転するのか、ということからして問題である。
 スポーツには生の躍動というか、命の生気とかが、どうしてもある。フィギュアにはフィギュアとしての年令の若さが前提されている。相撲は、三十いくつになると、もう老境に入ったとされるそうだ。若さそのものが美しいのである。命を前提としたスポーツは、他にもいろいろある。そうしてのみ、それはスポーツでありうる。わたしは一日(実業団)、二日、三日(大学・箱根駅伝)を続けて見ていた。
 美とは、この場合、もしそうありたいとする心根があるなら、自分の年齢を考えたほうがよい。美しくありたいという思いを放棄すること、そのような思い切りの良さが、美しくありたいというその心根を救うだろう。老人用に美学というのは、他にいくらでもある。
 スポーツの場合、美しくありたいとする気持ちを放棄することが、美しくあることを救う。根本的な心根が目指している「当のこと」、それを諦めることが大事だ、という主体的矛盾は、わたしたちが生きていくにあたっての矛盾だ。その矛盾に耐えることが、スポーツをスポーツたらしめている。
 その意味での生の躍動なしには、スポーツはスポーツではありえない。わたしはマラソンなどを走っている選手たちの顔を見ていることがよくあるが、そのわたしの心理の底には、このスポーツによって、生の躍動を感じているのである。これは現在では良く知られていることだが、古代オリンピックの選手たちはみな裸だったそうだ。

 円空という禅僧がいる(1632-1695)。あの本質は省略だろう。もともと円空仏は、すべてを捨て去ることから始める。わたしは、円空仏は「もっともよく分かる者の一人」だと思うが、あるとき小金井の家の修理をしていて、大工の一人が、「家には円空仏がある」と言った。持ってきてもらって見てみると、それは円空仏であった。あれは省略の美だ。捨てて々々、それ以上捨てられない、というところに円空仏の現実はある。それはまた、禅の無に通じていよう。
 「省略の美」というような意識を捨て去ること、そのことが本当の省略で、この最も大事なもの、円空仏で言えば、仏性というものの必然を現すことが、円空が仏を彫る本性だろう。その「当のもの」を捨てさることが、円空仏の目的である。しかしそれをも捨て去ること、「すべて」とは、そういう風にして現われるものだ。「当のもの」を捨て去ること、それが、その円空仏が本物であるかどうか、の分かれ目だ。わたしは先に、「円空仏は良くわかる者だ」と言ったが、それはその捨象が本物であるかどうかが分かる、ということである。それ以外の根拠はない。
 道理で円空は、旅の途中で、手近かにある薪とかその他で直ちに仏像を刻んで、それを宿賃にしたということである。大仰ではない。だから、その大工の何代目かの先祖が、円空仏の一つを持ちうることは、考えられないことではないのである。円空は生涯に一二万体の仏像を作ったそうだ。惜しいことに、その像(大工が持ってきた像)には、何かニスのようなものが半身に塗ってあったが。

 これはいつかも書いたことがあるが、西洋の彫刻の特徴は、その「微に入り、細に渉った」彫刻が、円空の省略の美学とは別の次元にあるということである。その事実に打たれた経験が、わたしにはある。西洋彫刻には、真理に対する人間の「反抗」がある。そこには反抗の気配が確かにある。それは「すべて」に対して、たとえば、自分の老いの醜さに対して、「すべてに恭順する」という円空のような気配がない。ただ西洋彫刻には、目前の美に形を与えようとしている。円空仏には、自分の「老いの醜さ」をも受容するといった、省略の美学がある。それが円空仏を円空仏であらしめている。

 「反抗」がなければ相手はよく分からない。円空仏についても、それを後に残したという事実は、一つの「妥協」である。尤も、円空自身は、そういう人気のもちようを脱しているのかもしれないが。それもわたしが、円空が気に入っている理由だ。西洋の彫刻はその「反抗」によって、と同時にその恭順によって、つまりそのバランスによって、分かるのではないか。むしろ西洋美術のその「恭順」によって、わたしはその反抗の美学に打たれたのだ。どうせ人間には、どんなに微細にわたってそれを表現しようとしたところで、人間が「敗北」すること以上はできない。その「微に入り細に渉った」反抗の熾烈さによって、人間はその空しさに打ちすえられるのが西洋彫刻ではないのか。ミケラジェロを見ても、ラファエロを見ても、その人間の敗北にわたしは打たれる。または中世の教会の内部装蝕の、それこそ微に入り細に渉った飾りを見てもそうだ。なぜなら、そこに人間の「敗北」を見るからである。その「敗北」の熾烈さを通して、人間の強力さを見るからだ。西洋の寺院を回りながら、わたしはそのことに打たれていた。円空仏とは逆である。

 円空仏はサッパリしている。一彫の目もとに、仏の悟りがある。大昔、『美酒について』という本を読んだ。吉行淳之介と開高健の、三回にわたる座談会の手記であったが、その中で開高が、「イロの道と言うのは、そのイロの道ができなくなったら、どうするのですか」と問うたのに対して、吉行が一言のもとに、「それもイロの道」と答えたのを読んで、わたしは感服したことがある(これはむかし書いた。むかし考えたことは、そのまま覚えている)。老いが醜いのは、老いの風姿のうちだ。
 しかし醜くなくて美しいだけなのは、一面的であろう。美と醜は拮抗している。美はむしろ、美の消滅の中にこそあるとは言えまいか。桜の花吹雪の中にあるのは、そういう美だ。認めることの前提は、それを現実とすることだ。現実化できない承認は、それだけで現実を失っている。このように言うと、わたしが理想主義者(イデオロジスト)だ、と言われそうだが―――。「それもイロの道」という吉行の言明も、そのことを物語っている。

 一番最初にあげた女の人も、彼女にとっての美を諦めることが大切である。それは「すべて」を諦めることに繋がっている。しかしそうしてのみ、美が救えるのではないか。彼女の美学を諦めること、しかしその潔さによって、彼女自身の美的生活を、彼女自身の生きている感動を、表出することができるのではないか。たぶん、それのみが許されている。

 わたしも今年八十一歳になる。そして思う。「美的生活を諦めることが、残された、真に美的な生活だ」と。それが「永遠」の、同時にまた「反抗」の意味だと。恭順と滅亡、それがたぶん、美のあり方なのである。

 

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